横浜地方裁判所 平成10年(ワ)578号 判決 1999年9月24日
原告
杉内正裕
外五名
右六名訴訟代理人弁護士
土門宏
被告
株式会社暖海荘
右代表者代表取締役
西島健司
右訴訟代理人弁護士
亀井美智子
同
中島章智
同
高島秀行
同
森雅子
同
畑中鐵丸
同
石井逸郎
同
高山征治郎
右訴訟復代理人弁護士
楠啓太郎
同
宮本督
同
吉田朋
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告の経営するゴルフクラブの会員である原告らが、被告に対し、①会員契約の無効、②被告が預託金返還債務の期限の利益を放棄したこと、③会員契約の解除を理由として、預託金の返還を求めた事案である。
一 前提事実(争いがないか、括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により認める。)
1 被告は、旅館、ゴルフ場の経営等を目的とする会社である。
2 原告らは、被告との間で、平成三年一月一四日から同年二月八日にかけて、被告が経営するゴルフ場「天明グリーンヒルカントリークラブ」(福島県相馬市小野字天明<番地略>、宮城県伊具郡丸森町大字青葉南<番地略>他所在)(以下「被告クラブ」という。)につき、それぞれ預託金五〇〇万円、入会金五〇万円、年会費金二万五〇〇〇円、預託金返還時期を被告クラブ開場(平成四年四月一四日)から一〇年間据置後退会の際として、被告クラブの会員契約を締結し(以下「本件各契約」という。)、被告クラブの会員権を有する正会員となった(甲一の一ないし五)。
3 被告代表者は、平成九年七月三一日、ゴルフ場の経営等を目的として、天明グリーンヒル株式会社(本店・福島県相馬市小野字天明<番地略>)(以下「新会社」という。)を設立し、その代表取締役となった(甲二の一)。
なお、新会社では、被告クラブの会員らに対し、その会員権を現物出資するよう促し、新会社が被告からゴルフ場施設を買い取り、右現物出資の結果、新会社が被告に対して取得した預託金返還請求権をもって、被告に対する債務を代物弁済し、新会社が現物出資者との間で会員契約を締結して、株主会員制ゴルフ事業を経営することを計画している。
4 被告は、原告らに対し、平成九年九月二〇日、「株式会社暖海荘も、会員の皆様からお預りした預託金をすべて土地の取得費、コース及びクラブハウスの建設費他に投下しており、平成一三年から始まる預託金返還に応じられる見通しがまったく立ちません。伏してお詫び申し上げます。」と通知した(以下「本件通知」という。)。
5 これに対し、原告らは、被告に対し、平成一〇年一月二九日到達の書面により、二週間以内に、被告クラブ新会員の募集行為を中止することと、原告らに対し平成一三年一月以降の預託金返還債務を履行するとの意思表示を行うよう催告し(以下「本件催告」という。)、これ応じない場合には、本件各契約を解除する旨通告した(以下「第一解除」という。)。
6 さらに、原告らは、被告に対し、平成一一年二月一五日の本件弁論準備手続期日において、被告の信用不安を理由に本件各契約を解除する旨の意思表示をした(以下「第二解除」という。)(当裁判所に顕著)。
二 争点とこれに関する当事者の主張
1 本件各契約が、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資取締法」という。)二条一項に違反し、公序良俗に反して無効となるか。無効であるとしても、原告らの被告に対する預託金の拠出は、不法原因給付となるか。
(一) 原告らの主張
(1) 被告の預託金の募集は、原告ら不特定かつ多数の者を相手に行われたものであるが、何人も不特定かつ多数の者から金員を預かることは、出資取締法二条一項で禁止されているところ、被告は、預り金を業とすることを許可された者ではないから、本件各契約は、右条項に違反し、公序良俗に反し無効である。
(2) そして、原告らは、本件各契約に基づく預託金の拠出が出資取締法二条一項に違反することを知らず、また、被告訴訟代理人弁護士高山征治郎が、特別賛同者として、被告クラブの会員となることを推奨していること、預託金は無利息であって利益が被告にのみ生じていること、原告らは年会費を支払っている上に、プレーする場合にはプレー費も支払っていること、預託金の使途について制限がないことなどを総合すると、原告らには非難されるべき点は全くなく、不法原因は、被告のみに存在するのであるから、民法七〇八条但書により、原告らの預託金返還請求は阻止されない。
(二) 被告の主張
(1) 本件各契約が、出資取締法二条一項に違反するとの原告らの主張は争う。
同条項の立法趣旨は、いわゆるヤミ金融の取締りであるから、一般の預託金制会員制ゴルフ場事業を含めた健全な預託金制会員制組織すべての存立基盤を出資取締法二条一項違反として失わせることは、同法の立法趣旨に背馳することは明らかであり、本件各契約についても、同法により取り締まる必要性は何ら存在しない。ゴルフ場等の会員契約の適正化に関する法律等により法制化されている預託金制会員制ゴルフクラブシステムが、公序良俗に反するはずがない。
(2) 仮に、本件各契約が、右条項に違反し、公序良俗に反し無効であるとしても、原告らは、被告が預り金を業とすることを法律により許可された者でないこと、原告らを含む不特定かつ多数の者を対象としていることを知りながら、本件各契約を締結したのであるから、民法七〇八条により、預託金の返還を求めることはできない。
2 被告は期限の利益を放棄したか否か。
(一) 原告らの主張
被告が原告らに対し本件通知をもって預託金の返還が不可能であると宣言したことにより、被告は原告らに対する預託金返還債務の期限の利益を放棄した。
(二) 被告の主張
本件通知は、仮に、すべての会員により、一時的に集中して預託金の返還請求がなされた場合には、これらすべてには応じられる見込みがない旨を表明したに過ぎず、預託金の返還が不可能であることを宣言したものではなく、ましてや預託金返還債務の期限の利益を放棄したものではない。
3 第一解除の効力の有無
(一) 原告らの主張
被告は、平成九年九月二〇日ころから被告クラブの新会員を募集し、既存会員の被告クラブ利用に不便・不利益を生じさせ、かつ会員権の経済的価値を下落させ、また、右同日、原告らに対し、弁済期が到来しても、本件各契約に基づく預託金返還債務を履行しない旨述べ、原告らに損害の負担を強いている。
被告の右行為は、原告らと被告との信頼関係を破綻させるものであるところ、原告らは、被告が信頼関係回復の措置を講じない限り、信義則上、本件各契約を解除することができるから、本件催告に基づく第一解除は有効(平成一〇年二月一二日の経過により解除の効果が発生)である。
(二) 被告の主張
原告らの主張事実を否認する。
平成九年九月頃から同年一二月頃までの新会員募集は、結局一一名しか募集できず、新規募集は中止しており、本件通知による催告事項に応じているから、原告らのゴルフ会員権の価値は下落していない。
また、被告は、ゴルフ場預託償還問題を煽るマスコミ報道等を背景に、据え置期間満了後、すべての会員が一時的に集中して預託金返還を請求してくる状況を想定し、仮にそうなった場合には、被告の経営は破綻に陥る可能性があるところ、可及的にかかる事態を回避し、原告らのゴルフ会員権の経済的価値を維持するために、原告らの有するゴルフ会員権を新会社の株主会員権へ転換してもらえないかお願いしているに過ぎず、据置期間満了後において、原告らが預託金返還請求権を行使できることを、被告は当然に認めている。
よって、原告らと被告との信頼関係は破綻していない。
4 第二解除の効力の無効
(一) 原告らの主張
被告は、原告らに対し、本件通知による支払不能宣言を行う一方、訴外静岡銀行より貸付金の債務不履行を原因として抵当権を実行され、平成一〇年一〇月二日、営業基本財産につき競売開始決定を受けた。また、被告は、訴外西松建設、同福島銀行に対して多額の負債があり、いずれ経営が破綻することは明らかである。
被告にこのような信用不安がある場合、原告らは、催告することなく本件各契約を解除することができるから、第二解除は有効である。
(二) 被告の主張
債務者が予め履行を拒絶している場合でも、契約解除の際には、催告を要するのであるから、原告らの主張は採用できるものではない。
また、預託金制会員制ゴルフクラブについての会員契約は、会員の当該ゴルフクラブの優先的施設利用権(プレー権)、預託金返還請求権と年会費支払義務からなる複合的な権利義務関係であるところ、このうち、原告ら会員のプレー権は確保されており、また、原告らは、据置期間満了時において、預託金の返還を請求し得るのであるから、本件各契約については、事情の変更は一切なく、第二解除が効力を生ずる余地はない。
そもそも、預託金返還請求権自体は、継続的な債権債務関係ではなく、単なる金銭請求権であるから、たとえゴルフ場経営会社の資力が悪化して預託金据置期間満了後にその返還がなされないおそれがあるとしても、会員は、仮差押え等の保全措置をとれば足りるのであって、会員契約そのものを解除することはできないというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 争点1について
出資取締法二条一項は、「業として預り金をするにつき他の法律に特別の規定のある者を除く外、何人も業として預り金をしてはならない。」と規定し、同条二項は、「前項の「預り金」とは、不特定且つ多数の者からの金銭の受入で、預金、貯金又は定期積金の受入及び、借入金その他何らの名義をもってするを問わず、これらと同様の経済的性質を有するものをいう。」と規定している。
ところで、右の「業として預り金をする」とは、反復継続の意思をもって預り金を反復継続して行い、そのことが、その者の社会的地位を形成していることを意味するものと解されるところ、被告が、業として預り金をしているとの主張・立証はない(そもそも、右第二の一1のとおり、被告は、旅館、ゴルフ場の経営等を目的とする会社である上、本件各契約におけるような預託金制ゴルフ会員契約は、一般的にはゴルフ場を経営しようとする者がゴルフ場を建設するにあたってその資金を獲得するために、一定限度の会員を募集して金員を無利息で預託させ、その対価として、会員に対しゴルフ場施設の優先的利用権を付与するものであって、ゴルフ場が開場された後には、右優先的利用権を侵害するような新規の会員募集行為は予定されていないから、かようなゴルフ場経営者において、右の反復継続性(主観面及び客観面)の要件を充足するものとは認め難い。)。
よって、本件各契約が、出資取締法二条一項に違反するということはできない。
二 争点2について
原告らは、被告が原告らに対し本件通知をもって預託金の返還が不可能であると宣言したことにより、被告は原告らに対する預託金返還債務の期限の利益を放棄した旨主張する。
しかしながら、債務者が債権者に対し将来における債務を履行できないことを明らかにすることと、右債務の期限の利益を放棄することとは、法律的意味が全く異なり、直接的に結びつくものではない。すなわち、民法一三七条は、債務者が、資産を失うとか担保に欠乏をきたすなどにより信用の基礎を失った場合ないし債権関係の基調とする信頼関係を破ったときは、債権者がなお期限の到来までその債権の行使ができないものとすることは、債権者にとって酷であるのみならず、公平の観念にも反するから、このような場合に債権者を保護すべく規定されたものであるが、同条とても、債務者自らが期限の利益を主張することはできないことを規定しているのみで、債務者が当然に期限の利益を喪失するとか、期限の利益を放棄したものとみなすとは規定しておらず、また、債務超過又は支払不能に陥った債務者が、公の機関である裁判所に対して破産申立てをしたとしても、債務者は、それによって期間付債務における期限の利益を喪失するものではなく、破産法一七条の規定により、裁判所による破産宣告に至って初めて弁済期間が到来したものとみなされるに過ぎない。
したがって、かような規定の存在にもかかわらず、債務者に対し公の手続である破産宣告がなされる以前の段階で、債務者自ら将来の債務の履行が不可能である旨を明らかにすることが、同時に債務者が右債務の期限の利益を放棄したものであるとする原告らの主張は、独自の法律論であって、到底採用の限りではない。
三 争点3について
1 まず、そもそも、本件各契約のような預託金制ゴルフ会員契約においては、契約会員数を限定することにより、会員のゴルフ場施設の優先的利用権を確保すべきものであるが、会員の募集要項に定められた会員数は、右優先的利用権を確保するための一応の目安に過ぎないのであって、ゴルフ場経営を直ちに拘束するものではなく、ゴルフ場経営者が新会員を募集することによって、旧会員のゴルフ場施設の優先的利用権が確保されなくなり、これが実質的に侵害されるに至った場合に初めて、これを債務不履行として、会員契約を解除することができるものというべきである。
そして、弁論の全趣旨によれば、原告らの被告クラブの優先的施設利用権は確保されていることが認められるから、仮に、被告が新会員を募集したとしても、原告らは、これをもって直ちに本件各契約を解除することはできない(なお、原告らが提出する証拠(甲一三の一ないし九)は、新会社による株主会員募集行為を示すものであって、被告による募集行為を示すものではない。)。
2 次に、被告の原告らに対する預託金返還債務(弁済期は、右第二の一2のとおり、平成一四年四月一四日が経過した後の原告ら退会時である。)は、本件各契約に基づいて発生しているのであるから、被告が原告らに対し新めて預託金返還債務を履行する旨の意思表示をすべき義務を負うものではない。
3 したがって、第一解除は、その効力を生ずるものではない。
四 争点4について
原告らは、被告に信用不安があるから、催告することなく本件各契約を解除することができる旨主張する。
しかしながら、本件各契約のような預託金制ゴルフ会員契約に基づく会員権は、会員のゴルフ場施設の優先的利用権、預託金返還請求権と年会費支払義務等からなる包括的な権利義務関係であるが、その中核をなすのはあくまでもゴルフ場施設の優先的利用権(その確保のために預託金が拠出される。)であって、預託金返還請求権そのものは、付随的・周辺的な金銭債権に過ぎないから、仮に、ゴルフ場経営者に信用不安があって、据置期間満了後の預託金返還請求が効を奏しないおそれがあるならば、仮差押え等の保全措置を構ずれば足り、それを理由に会員契約そのものを直ちに解除することはできないと解するのが相当である(なお、ゴルフ場経営者が支払不能に陥った場合には、債権者はこれに対して抜け駆け的に権利行使をすることは許されず、会員であっても、破産申立てをして他の一般債権者と平等に弁済を受けるべきであり、仮に権利行使をしたとしても、破産法七二条により否認の対象となり得る。)。
したがって、原告らの主張は、それ自体失当というほかなく、第二解除はその効力を生ずるものではない。
第四 総括
よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官田澤剛)